法人成りのタイミングは利益800万円で決まらない、会社設立の時期を決める4つの軸

法人成りのタイミングは利益額の目安ひとつでは決まらず、税率の段差、消費税の免税を使えるか、社会保険の負担増、取引先などの外からの要請の4つを並べ、事業年度の区切りに合わせて決めます。
「利益が800万円を超えたら法人成り」という話はよく聞きますが、これは所得税と法人税の税率の区切りを並べた目安で、それだけで時期を決めると外れることがあります。会社にすると社長個人の税金は消えず、社会保険料が増え、消費税の扱いも変わるからです。さらに2026年は、インボイスの2割特例が法人で終わり、子ども・子育て支援金の上乗せや防衛特別法人税が始まるなど、比べる条件そのものが動いています。この記事では、通説の根拠になっている税率を国税庁の資料で確かめたうえで、法人成りの時期を決める4つの判断軸と、時期を決める手順を整理します。法人成りの利点と負担の中身は、メリットとデメリットの記事に分けています。
「利益800万円」の目安はどこから来たか
国税庁が示す2026年4月1日時点の税率のうち、法人成りの比較でよく使われる部分は次のとおりです。
| 区分 | 所得の範囲 | 税率 |
|---|---|---|
| 個人の所得税(課税される所得金額) | 330万円から695万円未満 | 20% |
| 695万円から900万円未満 | 23% | |
| 900万円から1,800万円未満 | 33% | |
| 会社の法人税(資本金1億円以下) | 年800万円以下の部分 | 15% |
| 年800万円を超える部分 | 23.2% |
個人にはこのほか住民税の所得割(標準で10%)がかかり、多くの業種では個人事業税(第1種事業は5%、年290万円の事業主控除あり)も加わります。所得税には復興特別所得税(所得税額の2.1%)も上乗せされます。一方、会社は所得800万円までの部分が15%に抑えられています(所得が年10億円を超える年は17%)。個人の税率が上がっていく帯と、会社の税率が低い帯が重なるあたりが「800万円前後で逆転する」と言われる理由です。
単純な目安にできない4つの理由
- 比べる相手は会社の法人税だけではありません。役員報酬を受け取った社長個人の所得税・住民税と、会社と本人が払う社会保険料を合計して比べます。
- 会社には法人税のほか、地方法人税、法人住民税、法人事業税がかかり、赤字でも法人住民税の均等割が毎年出ます。
- 税率表の「所得」は、売上から経費と各種の控除を引いた後の金額です。決算書の利益や、手元に残った現金とは一致しません。
- 家族に給与を払っているか、生活費にいくら必要かで、会社に残せる利益の額が変わります。
なお、2026年4月1日以後に始まる事業年度からは防衛特別法人税が加わりました。法人税額から年500万円を差し引いた残りに4%がかかる仕組みで、法人税額が500万円以下の会社では税額は出ませんが、税額が0でも申告書の提出は必要です。
軸1 税率の段差は「個人と会社の合計」で見る
会社にすると、事業の利益を「社長の役員報酬」と「会社に残る利益」に分けられます。役員報酬には給与所得控除が使え、2026年分と2027年分は収入220万円までなら74万円、850万円を超えると上限の195万円が差し引かれます。会社に残した利益は、800万円までの部分が15%です。
つまり法人成りの試算は、「役員報酬をいくらにして、会社にいくら残すか」の組み合わせを2、3通り置き、それぞれの税金と社会保険料の合計を比べる作業になります。個人のままでも33%の帯にほとんど届かない所得なら、税率の面で急ぐ理由は小さくなります。報酬額の組み立て方は設立1期目の役員報酬の決め方で扱っています。
軸2 消費税の免税を使えるか
新しく設立した会社には、消費税の納税義務を判定する基準期間(前々事業年度)がないため、原則として最初の2期は納税が免除されます。ただし、次のどれかに当てはまると免除されません。
- 事業年度の初日の資本金が1,000万円以上である
- 売上が5億円を超える会社などに支配されている(特定新規設立法人)
- 2期目の場合、1期目の初めの6か月(特定期間)の課税売上高と給与の支払額が、どちらも1,000万円を超えている
- インボイスの発行事業者として登録している
最後の条件が法人成りでは大きく効きます。個人事業でインボイス登録をしている人が法人成りすると、取引先にインボイスを渡し続けるには会社でも登録が必要で、登録した会社は免税になりません。事業者向けの取引が中心の事業では、「法人成りで消費税が2年免税」という利点はほとんど期待できません。
また、インボイス登録した小規模事業者の納税額を売上の消費税の2割にできる2割特例は、法人については2026年9月30日を含む課税期間で終わり、これから設立する会社は使えません。一方、個人事業者は、インボイス登録で免税から課税に変わった人が2027年分と2028年分に「3割特例」を使えることになりました(基準期間の課税売上高が1,000万円以下であることなどが条件)。個人のままなら使える軽減を、法人成りで手放すことになる点も比較に入れてください。
軸3 社会保険の負担増を受け止められるか
会社は社長1人でも健康保険と厚生年金の対象です。個人事業の間は国民年金(2026年度は月17,920円)と市区町村の国民健康保険でしたが、会社では役員報酬の額に応じて保険料が決まり、会社と本人が半分ずつ負担します。協会けんぽ東京支部の場合、健康保険料率9.85%、子ども・子育て支援金率0.23%、厚生年金保険料率18.3%で、合計はおよそ28%台、40歳から64歳は介護保険料率1.62%が加わって30%前後になります。
将来の年金や病気のときの給付は手厚くなりますが、手元から出ていく現金は確実に増えます。役員報酬を低くすれば保険料は下がる代わりに会社に利益が残って法人税がかかるため、税金と保険料は一緒に動かして考えます。社会保険の負担の中身は法人成りのデメリットで詳しく扱っています。
軸4 取引先・融資・採用の事情
税金の損得とは別に、外から時期が決まる場合があります。取引先から法人であることを取引の条件にされた、法人でないと応募できない案件や入札がある、許認可で法人であることが求められる、社会保険に加入している会社として人を採用したい、といった事情です。この場合は、契約や申請の開始日から逆算して設立日を決めます。法人口座の開設や許認可の取り直しには時間がかかるので、余裕をみて動きます。
時期を決める手順
- 直近の確定申告と今年の見込みから、課税される所得を出します。
- 役員報酬の候補を2、3通り置き、会社と個人の税金と社会保険料の合計を比べます。
- インボイス登録が必要な事業か、新しい会社で消費税の免税を使えるかを確認します。
- 取引先との契約、許認可、融資など、外から決まる期限を書き出します。
- 設立日と決算期を決めます。年の途中で法人成りすると、その年は個人の確定申告(廃業日までの分)と会社の1期目が並びます。役員報酬は原則として事業年度の初めから3か月以内に決めるので、決算期は繁忙期を避け、報酬を落ち着いて決められる時期に置きます。
まだ急がなくてよい状況
- 利益が年によって大きく上下し、赤字の年もありうる(均等割や社会保険料は利益に関係なく出ます)
- 所得税の33%の帯にまだ届かず、外からの要請もない
- 記帳や給与計算を誰が担うか決まっていない
反対に、利益が安定して高く、取引先や採用の事情もそろっているなら、決算期の区切りに合わせて準備を始める時期です。手順2の試算は前提の置き方で結論が変わるので、迷う場合は税理士に数字を見てもらうのが確実です。相談を始める時期の考え方は税理士コンシェルジュの解説を参照してください。法人成りの全体の流れは法人成りの全体像に戻って確認できます。
よくある質問
法人成りの目安は本当に利益800万円ですか?
利益800万円は税率の区切りから来た通説で、それだけで決められる目安ではありません。個人の所得税は課税所得900万円以上の部分が33%になり、会社の法人税は資本金1億円以下なら所得800万円までの部分が15%なので、その差から生まれた数字です。実際には、役員報酬を受け取った社長個人の税金と、会社と本人が払う社会保険料を合わせて比べる必要があります。家族への給与や生活費の額でも結論が変わるため、自分の数字で試算して決めます。
年の途中で法人成りしても問題ありませんか?
年の途中でも法人成りはできます。その場合、個人事業は1月1日から廃業した日までの分を翌年の確定申告期限までに申告し、会社は設立日から最初の決算日までが1期目になります。同じ年に個人と会社の両方の申告が並ぶので、廃業日と設立日の前後で、どの売上と経費がどちらのものかをはっきり分けることが大切です。会社の決算期は自由に選べるため、繁忙期を避け、役員報酬を事業年度の初めから3か月以内に落ち着いて決められる時期に置きます。
売上が1,000万円を超えそうなら法人成りを急ぐべきですか?
売上1,000万円は消費税の判定の基準ですが、それだけで法人成りを急ぐ理由にはなりません。個人でインボイス登録をしている場合、会社でも登録が必要になり、登録している会社は消費税の免税を受けられないためです。未登録で取引先が個人客中心なら、資本金1,000万円未満の新しい会社は最初の2期が免税になる余地がありますが、1期目の初めの6か月の売上と給与がどちらも1,000万円を超えると2期目は課税されます。所得税と社会保険料も合わせて判断します。
